●戦前の日本社会では教師は「聖職者」として位置づけられ、何ひとつ不平を言わずに政府(行政)からの指示どおりに黙々と子どもたちの指導に当たることが当然視されていました。自らの労働条件の改善を求める権利は奪われ、国家(時の政権政党)の意に沿う教育を担うことが余儀なくされていました。戦後、「教え子を戦場に送った」ことを後悔・懺悔する教師が少なくなかったことは、当時の社会の異常な状況を端的に示しています。埼教組のスローガンでもある「教え子を再び戦場に送らない」には、このような背景があるのです。

●戦後になって教師(教職員)も働く者として、生活を守り、労働条件の改善を要求する権利とそのために労働組合を結成する(団結する)ことが、法的(憲法28条、地方公務員法52条)にも社会通念上も広く認められるようになりました。これらの事実は、戦前の反省を踏まえて、教職員の身分や暮らしの安定が図られなければ教育もよくならないこと、国の施策に対する批判の自由が保障されなければ人格の完成をめざすという教育の本来の目的が歪められることを、国民が広く認めたことを証明するものでしょう。

●教職員が労働組合を結成することの意義は、日々の身近な事実の経緯を見ても明らかです。賃金をはじめとした労働条件改善や教育条件改善を、一人で国や県知事等に持ち込んでも一般的には全く相手にされません。諸要求を実現する具体的な力は、根本的には団結した力による以外にありません。しかもその団結は一時的なものよりも、常時組織された状態を維持する方がはるかに優位に立つことは論を待ちません。幾多の攻撃や困難があっても労働組合(教職員組合)が組織され、活動が続けられてきた要因もそこにあるのです。